2013年8月19日月曜日
米国生活その後
ふと気づいてみれば、4月1日に本格的にこちらに移動してから、もう5か月が過ぎようとしている。受信箱に日本からのメールがいきなり少なくなったと思えば、お盆だったんだと気づく。こちらはあと1週間で、新学期が始まるので、皆が戻ってきて慌ただしくなると思う。私は、ちょうど木曜日の夜中に体調を崩し、丸3日ほど寝ていた。そこで、少し元気になってきたし、かといって、仕事をすると悪化しそうなので(←言い訳)、ブログを更新しようと思った。今回の体調悪化は、5月初めに中国から帰国する直前になった症状とよく似ていて、たぶん、冷えと胃が荒れたことによるものだと思う。今回ので、前回の体調不良が中国の食事などによるものでなかったことが分かったので、安心した(本当に安心していいのかはよくわからないけど)。ただ、以前から胃の調子が悪くなることはあったものの、今回の2回のような酷い症状にはなってなかったので、少し気を付けないといけないと思った。もともと冷え性なので、冷えにはより気を付けて対策して、あとは、空腹にコーヒーやお酒を流し込むのは控えようと思う。ミシガンはもうすでに朝と夜が冷える。日中は暑くなることもよくあるけど、一日で15度近く温度変化があったりするのでしんどい。極め付けに夏中辛かったのは、研究棟が冷蔵庫のように寒く、自分で調節不可能なところである。真夏は外と中の気温差が激しく、室内ではフリースを着て耐えていたのだけど、最近は外が涼しくなって少し油断してしまったんだと思う。あとは、研究が思うように進んでいないのが、ストレスになっていたのかもしれない。進んではいるのかもしれないけど、まだ成果になっているものが一つもなく(本当に成果になるのか不安なものもあり)、どれも中途半端で(それをできていないのは自分自身のせいでもあり)、少し根を詰めすぎたのが問題だったのかもしれない。何度か海外での生活をしてきて、自分自身に言い聞かせているのは、「思ったようにことが進まないのは仕方ない」、「オンとオフの切り替えはしっかりする」、「休みはしっかりとる」、「がんばらないと達成できない目標の8割の目標を作る」とごく当たり前のことなんだけど、私はある時を境に、ある限界がくると、突然体調に異常をきたしやすくなったので、海外では必要以上にそうしようと思っていた。でも、人間、2度、3度と繰り返すようで、今回もまた、やってしまった、と思った。そう思った時にはもう遅く、吐いて、一人でのた打ち回っていた。海外の一人暮らしでの体調悪化はやはりしんどい。ストレスがたまってるときの方が暴飲暴食になりやすいから、もうちょっと考えて自己管理しようと思う。とりあえず、冷え防止と胃腸の改善のためのサプリを飲み始めようと思う(一つは飲み始めた矢先に起こったんだけどね)。持続的に、効率的に、仕事をこなす、自分なりの方法を探るのがとりあえず1年目の目標なんだと改めて考えさせられる出来事でした。
2013年7月6日土曜日
行動するということ
以前から思っていたことをここに書きたいと思う。これを読んで不快に思う方は少なからずいると思う。以下の話は無知ゆえのただの戯言なので、気にしないでいただきたい。
これを書くきっかけとなったのは、ウナギの漁獲量の減少に関する多くの方のSNS(ツイッターやFB)での「もうウナギを食べません」という発言であった。 これはここ数日のことでなく、今年になってからよく耳にした(目にした、と言った方が正しいか)。私はこの発言に疑問を呈する。食べなければ、または、買わなければ、いなくなったウナギは戻ってくるのだろうか?ウナギを守ることにつながるのだろうか?まわり巡って、そうなる可能性がない、とは言わない。でも、その前に、真っ先に被害を受けるのは、小売業者、鰻屋といった人たちではないだろうか。彼らの生活のことを考える必要はないのだろうか。
「ウナギを食べない」という言葉を聞いたとき、私は、かつて、ある熱帯の島で見た日本人の保護活動グループのことを思い出した。彼らは、分断化された動物たちの生息地をつなげるために、土地を買い、森をつなげようとしていた。日本からボランティアで集まり、個体数が減少する動物たちの生息地を守ろうとする行動は称賛に値するだろう。そして、多くの日本人が、その美しい行動に賛同し、寄付をし、購入された土地は守られていく。では、購入された土地はいったいどんな土地だったのだろうか。私は正確な割合などは知らないが、その土地には現地住民が国から支給された焼畑用の土地を含んでいたと聞いた。そして、全体の土地のうちわずかな土地を焼畑農業のために残し、残りを購入したそうである。子供の教育などにすぐに現金が必要な現地住民の方々には寧ろ願ってもない話だったのかもしれない。しかし、残されたわずかな土地で持続的に伝統的な焼畑農業をすることは不可能だろう。国が支給した焼畑農業用の土地は守られるべきものではないのだろうか。現地住民たちの持続的な生活よりも、動物たちの生息地は重要なのだろうか。それらは比較できるものではない。正当な取引なのかもしれないが、完全に立場の違う人々の間に正当な取引など存在しないと、私は考える。何かを行動に移す時、利益とともに不利益も同時に考える必要がある。
今回のウナギの話と上記の話は違うと思われる人が多いかもしれないが、私には根底にあるものは同じように感じられた。自分自身の意見を持ち、行動するということはすばらしいことだと思う。自分だけでなく、次の世代、さらにその先まで思いやることは、簡単にできることではない。ウナギは守る必要がある。その通りだと思う。ただ、同時に、その美しい行為の裏側には、常に、不利益を被る人がいることを忘れないでいただきたい。あなたが今しようとしているその行動は本当に最善の方法なのだろうか。毎日を必死に生きている人たちの生活を脅かしてまで行うべき行動なのだろうか。流通システムや漁獲の制度を変えない限り、食べられずに残ったウナギは廃棄されるだけなのではないか。そうならば、それらを変えるための行動の方が効果的ではないだろうか。勿論、何が正しいのかなんて私には分からない。
これを書くきっかけとなったのは、ウナギの漁獲量の減少に関する多くの方のSNS(ツイッターやFB)での「もうウナギを食べません」という発言であった。 これはここ数日のことでなく、今年になってからよく耳にした(目にした、と言った方が正しいか)。私はこの発言に疑問を呈する。食べなければ、または、買わなければ、いなくなったウナギは戻ってくるのだろうか?ウナギを守ることにつながるのだろうか?まわり巡って、そうなる可能性がない、とは言わない。でも、その前に、真っ先に被害を受けるのは、小売業者、鰻屋といった人たちではないだろうか。彼らの生活のことを考える必要はないのだろうか。
「ウナギを食べない」という言葉を聞いたとき、私は、かつて、ある熱帯の島で見た日本人の保護活動グループのことを思い出した。彼らは、分断化された動物たちの生息地をつなげるために、土地を買い、森をつなげようとしていた。日本からボランティアで集まり、個体数が減少する動物たちの生息地を守ろうとする行動は称賛に値するだろう。そして、多くの日本人が、その美しい行動に賛同し、寄付をし、購入された土地は守られていく。では、購入された土地はいったいどんな土地だったのだろうか。私は正確な割合などは知らないが、その土地には現地住民が国から支給された焼畑用の土地を含んでいたと聞いた。そして、全体の土地のうちわずかな土地を焼畑農業のために残し、残りを購入したそうである。子供の教育などにすぐに現金が必要な現地住民の方々には寧ろ願ってもない話だったのかもしれない。しかし、残されたわずかな土地で持続的に伝統的な焼畑農業をすることは不可能だろう。国が支給した焼畑農業用の土地は守られるべきものではないのだろうか。現地住民たちの持続的な生活よりも、動物たちの生息地は重要なのだろうか。それらは比較できるものではない。正当な取引なのかもしれないが、完全に立場の違う人々の間に正当な取引など存在しないと、私は考える。何かを行動に移す時、利益とともに不利益も同時に考える必要がある。
今回のウナギの話と上記の話は違うと思われる人が多いかもしれないが、私には根底にあるものは同じように感じられた。自分自身の意見を持ち、行動するということはすばらしいことだと思う。自分だけでなく、次の世代、さらにその先まで思いやることは、簡単にできることではない。ウナギは守る必要がある。その通りだと思う。ただ、同時に、その美しい行為の裏側には、常に、不利益を被る人がいることを忘れないでいただきたい。あなたが今しようとしているその行動は本当に最善の方法なのだろうか。毎日を必死に生きている人たちの生活を脅かしてまで行うべき行動なのだろうか。流通システムや漁獲の制度を変えない限り、食べられずに残ったウナギは廃棄されるだけなのではないか。そうならば、それらを変えるための行動の方が効果的ではないだろうか。勿論、何が正しいのかなんて私には分からない。
2013年5月28日火曜日
米国ミシガン州立大学での新生活
年初め(終わり?)に書いてからすでに5か月も更新できずにいました。ご存じの方も多いと思いますが、4月1日から米国ミシガン州立大学にて海外特別研究員として2年間滞在することになりました。お近くにお寄りの際は是非お声をおかけください。
新生活とはいえ、昨年の10月から2月中旬まで滞在していたこともあり、2月の帰国直前にアパートの契約をしてから帰国できたので、突然何も知らないところに渡航することに比べれば簡単なスタートだったのだと思います。しかし、始めの1か月は個人的にはいっぱいいっぱいでした。5月初めに中国でワークショップをしたのですが、初めて5日間一人でteachingする、ということで精神的に結構圧迫されてました。終わってみれば、そんなに気を負う必要がなかったのだと気づくのですが、直前まではそういう風には考えることができませんでした。何事も経験が必要ですね。
1月末に補欠合格の知らせを受けてからは、特別研究員の辞退、DS2019の発行手続き、ビザの申請、学会、札幌から実家への引っ越し、渡米、中国でのワークショップ、友人宅からアパートへの引っ越し(契約開始が5月中旬だったため)と、立て続けにバタバタしていました。ビザなどの申請については結構危険なスケジュールでしたので、別にまとめれれば、と思っています。あと、ツイッターは諸事情により今は中断しています。このままやめるかもしれないし、突然復活するかもしれませんが、今のところは未定です。
そういえば、4月1日にこちらの空港についてメールをチェックしたところ、D論の3章目が無事受理されたお知らせを受けました。投稿から15か月だったので、とてもうれしかったです。また、初めての米国雑誌なので、米国滞在を歓迎されているような気がして(勘違い?)うれしかったです。現在、まだpreprintですが、online firstになったら再度お知らせします。
こちらではセメスターは終了し、もうすでに夏休みが始まっているのですが、私の研究計画はまだぶらついている感じが否めず(いつものこと)、結構不安です。ラボのメンバーはもうすぐ皆フィールドやヨーロッパへと旅立ってしまうので、それまでにある程度安定させられれば、と思っています。6月末にはコスタリカで行われるATBCの50周年大会で口頭発表をする予定です。中米は初めてなので、楽しみです。
とりあえず、当面の目標は、車の免許の取得と研究計画をしっかりさせることですね。
写真は中国最大の植物園 Xishuangbanna Tropical Botanical Garden (XTBG) で行ったTree Architecture Workshopのグループ写真です。5月8‐12日
2013年1月3日木曜日
2012年を振り返って
明けましておめでとうございます。
気がつけば、もう2013年です。歳をとると時間が過ぎるのが早く感じるようになる、とよく聞きますが、ここ数年は(もう6年以上前の)学部生だった頃よりも、毎日がゆっくり過ぎているように感じる出来事が多かったように思います。最近特に感じるのは涙腺が年々弱くなっているということで、映画などを見てもすぐに泣いてしまい、飛行機などでは結構気まずい思いをしています。ここ数年、辛いことが多く、もう、これ以上辛いことはないだろう、といつも思うのに、それを越えるような辛いことが起こる、ということがよくありました。もしかするとどんどんと敏感になっていってるだけかもしれません。ただ、辛さを感じることに敏感になるのと同時に、人の優しさや有難さも敏感に感じるようになりました。最近の私は、周りの人に恵まれていると、よく感じます。私のこれまでの人生を振り返ってみると、周りの人の協力なしに自分だけで成し遂げれたことなど何もない、と思えるほどです。それは、落ち着いて考えてみれば、はっきりと簡単にわかることなのに、近くにいることが当たり前になったり、自分の立ち位置が良く分からなくなると、見失ってしまうものだと思います。「一期一会」という言葉をよく耳にしますが、どのような人と接する時も、もうこの人と会うのは最後かもしれない、という気持ちで接しなければならない、のだと思います。昨年の私は、まだまだ子供で、多くの人を傷つけてしまいました。「一期一会」という言葉を見失わない様に、人と関わっていきたいと、反省しています。
今年はアメリカのミシガンで年越ししました。大晦日はホームパーティに呼んでもらい、MSUのPhDの学生たちと一緒に新年を迎えました。集まった家は、大きなリビングに暖炉のある家で、暖炉の前におかれたクラシックなアームチェアに座り、白い帽子をかぶり、2012年で一番素敵な出来事を交代で話しました。私にとって、2012年の一番素敵な出来事は、ここミシガンに来て、とても素敵な仲間たちに会え、同じ時間を共有できたことです。2011年から2012年への年越しは台湾の花蓮にいました。天候が悪かったり、研究室に学生がいなかったり、生活自体がしにくいなど、私のこれまでの海外での生活の中で、一番苦労した時期でした。しかし、MSUに来れたのは、その台湾にいた時に、今の受入教員であるNateが私の滞在先の研究室にセミナーに来たからです。それも、台湾にいる親戚を訪ねるついでのセミナーで、彼は奥さんが観光にでている半日だけラボに顔を出してくれたのでした。私の人生は、このような偶然的な人との繋がりの上で成り立っているのだと、よく感じます。たぶん相対的には、辛い時期もあり、また楽しい時期もあるのですが、それぞれが存在することで「今」があるのだと思います。今年は、その一つ一つを大切に、またその繋がりをしっかりと感じながら、生きていきたいと思っています。また、私との繋がりが誰かの人生の中で、その人の人生に少しでも、ほんの少しでも良いものとして繋がれれば、幸いだと思っています。
長々と取りとめなく書きましたが、今年30歳になるというのに、いつまでたっても子供の頃に自分が描いていたような「大人」にはなれそうもないです、笑。こんな中途半端な人間ですが、今年も一年、お付き合いいただければ幸いです。今年もよろしくお願いいたします。
気がつけば、もう2013年です。歳をとると時間が過ぎるのが早く感じるようになる、とよく聞きますが、ここ数年は(もう6年以上前の)学部生だった頃よりも、毎日がゆっくり過ぎているように感じる出来事が多かったように思います。最近特に感じるのは涙腺が年々弱くなっているということで、映画などを見てもすぐに泣いてしまい、飛行機などでは結構気まずい思いをしています。ここ数年、辛いことが多く、もう、これ以上辛いことはないだろう、といつも思うのに、それを越えるような辛いことが起こる、ということがよくありました。もしかするとどんどんと敏感になっていってるだけかもしれません。ただ、辛さを感じることに敏感になるのと同時に、人の優しさや有難さも敏感に感じるようになりました。最近の私は、周りの人に恵まれていると、よく感じます。私のこれまでの人生を振り返ってみると、周りの人の協力なしに自分だけで成し遂げれたことなど何もない、と思えるほどです。それは、落ち着いて考えてみれば、はっきりと簡単にわかることなのに、近くにいることが当たり前になったり、自分の立ち位置が良く分からなくなると、見失ってしまうものだと思います。「一期一会」という言葉をよく耳にしますが、どのような人と接する時も、もうこの人と会うのは最後かもしれない、という気持ちで接しなければならない、のだと思います。昨年の私は、まだまだ子供で、多くの人を傷つけてしまいました。「一期一会」という言葉を見失わない様に、人と関わっていきたいと、反省しています。
今年はアメリカのミシガンで年越ししました。大晦日はホームパーティに呼んでもらい、MSUのPhDの学生たちと一緒に新年を迎えました。集まった家は、大きなリビングに暖炉のある家で、暖炉の前におかれたクラシックなアームチェアに座り、白い帽子をかぶり、2012年で一番素敵な出来事を交代で話しました。私にとって、2012年の一番素敵な出来事は、ここミシガンに来て、とても素敵な仲間たちに会え、同じ時間を共有できたことです。2011年から2012年への年越しは台湾の花蓮にいました。天候が悪かったり、研究室に学生がいなかったり、生活自体がしにくいなど、私のこれまでの海外での生活の中で、一番苦労した時期でした。しかし、MSUに来れたのは、その台湾にいた時に、今の受入教員であるNateが私の滞在先の研究室にセミナーに来たからです。それも、台湾にいる親戚を訪ねるついでのセミナーで、彼は奥さんが観光にでている半日だけラボに顔を出してくれたのでした。私の人生は、このような偶然的な人との繋がりの上で成り立っているのだと、よく感じます。たぶん相対的には、辛い時期もあり、また楽しい時期もあるのですが、それぞれが存在することで「今」があるのだと思います。今年は、その一つ一つを大切に、またその繋がりをしっかりと感じながら、生きていきたいと思っています。また、私との繋がりが誰かの人生の中で、その人の人生に少しでも、ほんの少しでも良いものとして繋がれれば、幸いだと思っています。
長々と取りとめなく書きましたが、今年30歳になるというのに、いつまでたっても子供の頃に自分が描いていたような「大人」にはなれそうもないです、笑。こんな中途半端な人間ですが、今年も一年、お付き合いいただければ幸いです。今年もよろしくお願いいたします。
2012年10月30日火曜日
アメリカ1カ月経過
またずっと更新せずにもはや10月も終わろうとしてます。毎回、もうちょっとこまめに更新すると書いているので、もうそういった目標はもう書かないことにします。
実は10月から(正確には9月30日から) アメリカに来ています。色々な国に滞在してきましたが、実はトランジット以外でアメリカに来るのは初めてでした。英語が母国語の国に長期滞在するのは初めてなので、いつもとは異なる不安を持っての渡米でしたが、乗り継ぎのシカゴ空港でその不安は一切なくなりました。ラッキーだったのだと思います。分からないことは片っ端から周りの人に聞きましたが、皆さんやさしく、気さくに、時にはジョークもまじえて返してくれるので、とても助かりました。ランシングについてからも、滞在先のラボの学生が迎えに来てくれ、彼女の家に泊めてもらうなどし(そのままルームメートも交えて酒盛り)、そして、初めてあったとは思えないようなラボメイト女子二人に囲まれ楽しい日々を過ごすことができています。
研究については、日本で全然進めることのできなかった台湾での仕事のやり直しにとても時間が取られてしまい(PIが今月忙しかったのも重なり←言い訳)、こちらでの仕事がまだ外枠しかできていないのが悔やまれます。あとは、昨年12月に投稿した論文のリバイスを未だにやっていたり、査読をしたり、と相変わらず仕事が遅い感じで日々生活しています。
実は、この場を借りて、報告したいことが一つあります。ご存じの方も多いかもしれませんが、先々週末に学振の結果がでました。国内は内定を、海外の方は面接の末、補欠をいただきました。海外の方の繰り上げが1月初めまでに出るか、によって、行き先が変わるかも知れませんが、とりあえず、4月からはどこかには所属できるようになると思います。申請書を見てくださり有意義なコメントをくださった皆さん、学会やどこかで会うたびにお酒を飲みながら愚痴を聞いてくださった皆さん、凹んでる私にネットを介してやさしい言葉をかけてくださった皆さん、本当にありがとうございました。
毎日、人に迷惑をかけながら生きてる中で、自分は本当に恵まれているな、と感じることが多々あります。とりあえず、今のところ、衣食住に困らずに好き勝手に生きられているのはまさにラッキーだったとしか言えないと思います。ただ、はっきりと分かるのは、ラッキーはある程度は自分から掴みに行くものだということです。誰かと出会った時にその関係を今後も続けれるようにするのか、それともそこまでのものにするのかは私(あなた)次第です。出会いを大切にしたいと、自分の周りにいる(いてくれる)人をもっと大切にしたいとよく思うのですが、それが上手くできない自分にもどかしい気持ちで日々を過ごしています。もっと器用に生きられれば、何かが変わるのかもしれませんね。
ここミシガンに来たすぐの頃は紅葉がとても美しかったのですが、今はもう落葉し、木枯らしが吹き、冬が訪れようとしています。ここは空がとても美しいです。綺麗な朝焼けは何度か見たのですが、夕焼けはずっと見れませんでした。先週金曜日に初めての夕焼けを、そして、今日2度目の夕焼けを見ました。全然異なる美しさでしたが、真っ赤に染まる空はただただ美しかったです。
実は10月から(正確には9月30日から) アメリカに来ています。色々な国に滞在してきましたが、実はトランジット以外でアメリカに来るのは初めてでした。英語が母国語の国に長期滞在するのは初めてなので、いつもとは異なる不安を持っての渡米でしたが、乗り継ぎのシカゴ空港でその不安は一切なくなりました。ラッキーだったのだと思います。分からないことは片っ端から周りの人に聞きましたが、皆さんやさしく、気さくに、時にはジョークもまじえて返してくれるので、とても助かりました。ランシングについてからも、滞在先のラボの学生が迎えに来てくれ、彼女の家に泊めてもらうなどし(そのままルームメートも交えて酒盛り)、そして、初めてあったとは思えないようなラボメイト女子二人に囲まれ楽しい日々を過ごすことができています。
研究については、日本で全然進めることのできなかった台湾での仕事のやり直しにとても時間が取られてしまい(PIが今月忙しかったのも重なり←言い訳)、こちらでの仕事がまだ外枠しかできていないのが悔やまれます。あとは、昨年12月に投稿した論文のリバイスを未だにやっていたり、査読をしたり、と相変わらず仕事が遅い感じで日々生活しています。
実は、この場を借りて、報告したいことが一つあります。ご存じの方も多いかもしれませんが、先々週末に学振の結果がでました。国内は内定を、海外の方は面接の末、補欠をいただきました。海外の方の繰り上げが1月初めまでに出るか、によって、行き先が変わるかも知れませんが、とりあえず、4月からはどこかには所属できるようになると思います。申請書を見てくださり有意義なコメントをくださった皆さん、学会やどこかで会うたびにお酒を飲みながら愚痴を聞いてくださった皆さん、凹んでる私にネットを介してやさしい言葉をかけてくださった皆さん、本当にありがとうございました。
毎日、人に迷惑をかけながら生きてる中で、自分は本当に恵まれているな、と感じることが多々あります。とりあえず、今のところ、衣食住に困らずに好き勝手に生きられているのはまさにラッキーだったとしか言えないと思います。ただ、はっきりと分かるのは、ラッキーはある程度は自分から掴みに行くものだということです。誰かと出会った時にその関係を今後も続けれるようにするのか、それともそこまでのものにするのかは私(あなた)次第です。出会いを大切にしたいと、自分の周りにいる(いてくれる)人をもっと大切にしたいとよく思うのですが、それが上手くできない自分にもどかしい気持ちで日々を過ごしています。もっと器用に生きられれば、何かが変わるのかもしれませんね。
ここミシガンに来たすぐの頃は紅葉がとても美しかったのですが、今はもう落葉し、木枯らしが吹き、冬が訪れようとしています。ここは空がとても美しいです。綺麗な朝焼けは何度か見たのですが、夕焼けはずっと見れませんでした。先週金曜日に初めての夕焼けを、そして、今日2度目の夕焼けを見ました。全然異なる美しさでしたが、真っ赤に染まる空はただただ美しかったです。
2012年6月27日水曜日
論文の読み方 revisited?
最近、帰国してから(ちょっと台湾戻ったりしてたけど)、ゼミなどで周りの学生を観察していて、学生から研究に対する楽しさや面白さを感じられない(感じられにくい)ということをとても残念に思った。そもそも、大半の学生は何かしらの興味を持って大学院に入学してきたはずなのに、せっかくの研究生活で研究に対する面白さを感じられなければ、何のために大学院にきたのか、よく分からないような気がする。もちろん学生によって、事情はそれぞれだと思うが、私はそれが研究そのものに対する理解力の低さ、に起因しているのではないか、と感じている(少なくとも私の周りでは)。だから、他の人の研究発表を聞いていても面白さを理解できないし、自分自身のやっている研究の面白さもよく分からない。研究室内でのPI (指導教官)とのdiscussionや普段のゼミでそれを学べるのが理想的であるが、常にそのような環境が整っているとは限らない。
特に私の知ってるマクロ生態学の分野では、「伝統的な放置プレー」が存在する場合が多く、とりあえず野外に行って、なんとなく気になっているテーマのデータをとって、自分のやってる研究の具体的な立ち位置とかよく分からないままに、さらにデータを取り続ける、という状態の学生が多い(これは私の経験的な話で、どこの研究室にでも当てはまるものではないが)。たまに話す指導教官や先輩からはこのデータも取った方がいいというアドバイスをもらい、またデータを取る、という風に。ここで、一番危険なのはデータ取りは着実に進んでる感じがするので、まるで研究そのものがきちんと進んでるような気になるということ。この状態だと、論文を書くという、いざという時に、まずintroductionを書けない(学振申請書でも)。なぜなら、自分の研究の立ち位置やオリジナリティがよく分かってないからである。もちろん野外での観察とともに時間をかけてそれを身につけていくというスタイルが伝統的なのだが、そのやり方では効率的に成果を上げて(論文を出して)、学振や次のポジション、研究費を獲得するという現在の競争に勝ち残るのは難しいだろう。というか、その前に学位が取れず、6年とか博士課程をすることになることも多々ある。
自分の研究テーマに対し、それが生態学のどのようなbig questionに挑もうとしているのか、このデータからどのような疑問が明らかになるのか、という根本的なものを常に考えておく必要がある。全く自慢にはならないが、私は自分の研究に対して、このような考え方を上手く理解できていなかった(何となく理解してるつもりだったけど、上手く書けなかった)。だから、一本目の論文を書くのに恐ろしいほど時間がかかったし(今も遅いけど)、もしかして、あのままデータだけを取り続けてたらもう研究を続けていなかったかもしれない。じゃあ、今はできてるのか、というとそれも怪しいけど(笑)。ともあれ、私は幸運にもD2の時にオランダの大学に短期滞在する機会を得て、そこでどうやって論文を書くのかをとても建設的に教えてもらうことができた。もちろん、一人で全部できる学生もいて、そんな人から見れば、何を甘えたことを言ってるんだ、と思うかもしれないが、私はすべてオールマイティにできる人だけが研究に関わっていればいいとは思わないし、研究の早い段階で(学生たちが)、研究に対する面白さを理解するための方法を効率的に教わることは重要だと思っている。
では、どうすればいいのか、というと、研究室の環境や指導教官の方針はどう頑張っても簡単に変えられるものではないので、そこを嘆いていても仕方ないため、論文を読む時の姿勢・考え方を知ることで、論文から研究の見方を学ぶということを勧めたい。同じ論文を読むにしても、読むときの心構えが違えば、得られるものは格段に良くなると思う。あとは学会や研究会などの機会に色々な研究者の方と自分の研究について話をして、どこが分かってないかを再確認するのがよいと思う(飲みの席の、どんな研究してるの?というのに、答えるというのが一番勉強になります)。
以下の内容は、以前、とある方がWeb上で公開されていた研究初心者に対する論文の読み方のページから抜粋したものである。著者が一身上の都合で公開を止めたものを、私の文章として公開するならば問題ない、というお許しをいただいたので、ここに公開したいと思う(改訂してくれ、と言われたけど、改訂する部分が見つからなかったのでそのまま載せてます。めんどくさいからじゃないですよ?、笑)。ここでは論文の読み方について着目しているが、結局のところ、研究発表を聞く時も自分が発表する時も同じような考え方が基盤にあると思う。
-----------------------
論文を読むときに研究初心者が最も注意すべき点、それは、
イントロダクションの読解に全力を注ぐべし
ということ。あるいはこれに尽きると言っても過言ではない(というのは過言かも)。
そもそも研究というのは目的があって始めるものである。では研究の目的とは何か?
よくイントロの最後に「本研究の目的は○○を明らかにすることである(英語だと、The objectives of this study are ○○ など)」と書いてある。
確かに、○○を明らかにしようとした論文であるのは間違いないだろう。でも研究初心者がもっと着目すべき点は、
「なぜこの研究者が○○を明らかにしようと思ったのか?」
ということだ。
よく「あなたの研究の意義は何ですか?」と問われることがある。研究の意義、というのは研究初心者にはなかなか把握するのが難しいが、簡単にいってしまえば、「この研究をやって、我々の自然への理解がどう深まるの?」ということだ。しっかりと目的意識をもって行われた研究の論文なら、こういうこともちゃんとイントロに書いてある。
例えば、
「Xという現象のメカニズムについて、これまでにこんな研究があってこんなことが分かっている。でもこれまでの研究はYという要因を考えてこなかった。しかし○○という理由から、YがXという現象に影響していることが予測される。本研究ではこのような視点からXという現象を明らかにする。」(このような説明の後に、「本研究の目的は・・」と続くことが多い)。
この太字のところが特に重要で、このような視点がこの研究者の新しい、オリジナルなものの見方である。この場合だと、いままで見過ごしていたYという側面を考えることで新たな理解に達するかもしれない、未解決の問題がクリアできるかも知れない、ということだ。
こういうことが論文(研究)のオリジナリティーである。
くれぐれも「こういう実験をしてこういう結果が得られた」ということ自体を論文のオリジナリティーと思ってはいけない。 また、「○○という現象がAという種では観察されたがB種ではまだ分かっていないので調べた。」という理屈。レベルの低い雑誌にのる論文にはこういうイン トロを書いている人がいるし、修士論文発表会でもちょくちょく見かける。しかしこのような研究にもオリジナリティーが認められることはない。「これまでに A種で分かっている現象をB種で調べることによって、生物学上のどのような問題の解決につながると予想されるのか」ということを考える必要がある。
さて、イントロで問題設定とそのいきさつがはっきり述べられていれば、「確かにその問題設定はいままでにない新しいもののようだ」とか「そんな問題を明ら かにしても生態学的意義はないんじゃないの?」なんていう判断はある程度は可能である。さらに「じゃあその問題を明らかにするのにどんな実験が必要か? (実験計画が設定した問題に即しているか?)」とか、「結果の解釈は客観的・論理的か?」とかいうようなことを批判的に読んでいくのもさほど難しくはな い。
逆に問題設定のいきさつが理解できていなければ、その後の方法・結果・考察で述べられていることも理解できない。(英語を訳せることと内容の理解は全く別物である)
アブストラクトだけを読んで論文の意義が理解できるようになるまでには相応の知識と経験が必要である。最初の内は「なぜこのような問題設定に至ったのか?」をイントロダクションからしっかり読みとっていくようにしよう。EcologyやEvolutionといった、いわゆる“一流誌”に掲載されるような論文はたいていこういうことがちゃんと書いてある。
逆に言えば、「なぜこのような研究をやったのか」ということがはっきり述べられていないような論文は、だいたいは程度の低い論文であるとみなして間違いない。あるいは自分の知識レベルが低くて問題を設定したいきさつをくみ取れない場合。いずれにしてもその段階ではその論文を読んでも得るところは少ない(研究者本人の問題意識とは別に、その論文のデータそのものから何らかのヒントを得ることはあると思うが)。
特に私の知ってるマクロ生態学の分野では、「伝統的な放置プレー」が存在する場合が多く、とりあえず野外に行って、なんとなく気になっているテーマのデータをとって、自分のやってる研究の具体的な立ち位置とかよく分からないままに、さらにデータを取り続ける、という状態の学生が多い(これは私の経験的な話で、どこの研究室にでも当てはまるものではないが)。たまに話す指導教官や先輩からはこのデータも取った方がいいというアドバイスをもらい、またデータを取る、という風に。ここで、一番危険なのはデータ取りは着実に進んでる感じがするので、まるで研究そのものがきちんと進んでるような気になるということ。この状態だと、論文を書くという、いざという時に、まずintroductionを書けない(学振申請書でも)。なぜなら、自分の研究の立ち位置やオリジナリティがよく分かってないからである。もちろん野外での観察とともに時間をかけてそれを身につけていくというスタイルが伝統的なのだが、そのやり方では効率的に成果を上げて(論文を出して)、学振や次のポジション、研究費を獲得するという現在の競争に勝ち残るのは難しいだろう。というか、その前に学位が取れず、6年とか博士課程をすることになることも多々ある。
自分の研究テーマに対し、それが生態学のどのようなbig questionに挑もうとしているのか、このデータからどのような疑問が明らかになるのか、という根本的なものを常に考えておく必要がある。全く自慢にはならないが、私は自分の研究に対して、このような考え方を上手く理解できていなかった(何となく理解してるつもりだったけど、上手く書けなかった)。だから、一本目の論文を書くのに恐ろしいほど時間がかかったし(今も遅いけど)、もしかして、あのままデータだけを取り続けてたらもう研究を続けていなかったかもしれない。じゃあ、今はできてるのか、というとそれも怪しいけど(笑)。ともあれ、私は幸運にもD2の時にオランダの大学に短期滞在する機会を得て、そこでどうやって論文を書くのかをとても建設的に教えてもらうことができた。もちろん、一人で全部できる学生もいて、そんな人から見れば、何を甘えたことを言ってるんだ、と思うかもしれないが、私はすべてオールマイティにできる人だけが研究に関わっていればいいとは思わないし、研究の早い段階で(学生たちが)、研究に対する面白さを理解するための方法を効率的に教わることは重要だと思っている。
では、どうすればいいのか、というと、研究室の環境や指導教官の方針はどう頑張っても簡単に変えられるものではないので、そこを嘆いていても仕方ないため、論文を読む時の姿勢・考え方を知ることで、論文から研究の見方を学ぶということを勧めたい。同じ論文を読むにしても、読むときの心構えが違えば、得られるものは格段に良くなると思う。あとは学会や研究会などの機会に色々な研究者の方と自分の研究について話をして、どこが分かってないかを再確認するのがよいと思う(飲みの席の、どんな研究してるの?というのに、答えるというのが一番勉強になります)。
以下の内容は、以前、とある方がWeb上で公開されていた研究初心者に対する論文の読み方のページから抜粋したものである。著者が一身上の都合で公開を止めたものを、私の文章として公開するならば問題ない、というお許しをいただいたので、ここに公開したいと思う(改訂してくれ、と言われたけど、改訂する部分が見つからなかったのでそのまま載せてます。めんどくさいからじゃないですよ?、笑)。ここでは論文の読み方について着目しているが、結局のところ、研究発表を聞く時も自分が発表する時も同じような考え方が基盤にあると思う。
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論文を読むときに研究初心者が最も注意すべき点、それは、
イントロダクションの読解に全力を注ぐべし
ということ。あるいはこれに尽きると言っても過言ではない(というのは過言かも)。
そもそも研究というのは目的があって始めるものである。では研究の目的とは何か?
よくイントロの最後に「本研究の目的は○○を明らかにすることである(英語だと、The objectives of this study are ○○ など)」と書いてある。
確かに、○○を明らかにしようとした論文であるのは間違いないだろう。でも研究初心者がもっと着目すべき点は、
「なぜこの研究者が○○を明らかにしようと思ったのか?」
ということだ。
よく「あなたの研究の意義は何ですか?」と問われることがある。研究の意義、というのは研究初心者にはなかなか把握するのが難しいが、簡単にいってしまえば、「この研究をやって、我々の自然への理解がどう深まるの?」ということだ。しっかりと目的意識をもって行われた研究の論文なら、こういうこともちゃんとイントロに書いてある。
例えば、
「Xという現象のメカニズムについて、これまでにこんな研究があってこんなことが分かっている。でもこれまでの研究はYという要因を考えてこなかった。しかし○○という理由から、YがXという現象に影響していることが予測される。本研究ではこのような視点からXという現象を明らかにする。」(このような説明の後に、「本研究の目的は・・」と続くことが多い)。
この太字のところが特に重要で、このような視点がこの研究者の新しい、オリジナルなものの見方である。この場合だと、いままで見過ごしていたYという側面を考えることで新たな理解に達するかもしれない、未解決の問題がクリアできるかも知れない、ということだ。
こういうことが論文(研究)のオリジナリティーである。
くれぐれも「こういう実験をしてこういう結果が得られた」ということ自体を論文のオリジナリティーと思ってはいけない。 また、「○○という現象がAという種では観察されたがB種ではまだ分かっていないので調べた。」という理屈。レベルの低い雑誌にのる論文にはこういうイン トロを書いている人がいるし、修士論文発表会でもちょくちょく見かける。しかしこのような研究にもオリジナリティーが認められることはない。「これまでに A種で分かっている現象をB種で調べることによって、生物学上のどのような問題の解決につながると予想されるのか」ということを考える必要がある。
さて、イントロで問題設定とそのいきさつがはっきり述べられていれば、「確かにその問題設定はいままでにない新しいもののようだ」とか「そんな問題を明ら かにしても生態学的意義はないんじゃないの?」なんていう判断はある程度は可能である。さらに「じゃあその問題を明らかにするのにどんな実験が必要か? (実験計画が設定した問題に即しているか?)」とか、「結果の解釈は客観的・論理的か?」とかいうようなことを批判的に読んでいくのもさほど難しくはな い。
逆に問題設定のいきさつが理解できていなければ、その後の方法・結果・考察で述べられていることも理解できない。(英語を訳せることと内容の理解は全く別物である)
アブストラクトだけを読んで論文の意義が理解できるようになるまでには相応の知識と経験が必要である。最初の内は「なぜこのような問題設定に至ったのか?」をイントロダクションからしっかり読みとっていくようにしよう。EcologyやEvolutionといった、いわゆる“一流誌”に掲載されるような論文はたいていこういうことがちゃんと書いてある。
逆に言えば、「なぜこのような研究をやったのか」ということがはっきり述べられていないような論文は、だいたいは程度の低い論文であるとみなして間違いない。あるいは自分の知識レベルが低くて問題を設定したいきさつをくみ取れない場合。いずれにしてもその段階ではその論文を読んでも得るところは少ない(研究者本人の問題意識とは別に、その論文のデータそのものから何らかのヒントを得ることはあると思うが)。
2012年6月1日金曜日
2012年ももうすぐ半分終了
昨年10月はじめに台湾に行ってから、全く更新できないまま(2月に微妙に更新してますが)、半年以上も経ってしまいました。昨年からの動向を簡単に説明すると、
2011年10月初旬~12月中旬 in 台湾・花蓮
→ 12月中旬1週間一時帰国(札幌のアパートを引き払う)
→ 12月下旬~3月中旬 in 台湾・花蓮
→ 大津・生態学会 → 雲南・ATBC meeting → 石川(帰省)
→ 4月中旬~5月初旬 in 札幌
→ 5月初旬~中旬 in 台湾・花蓮
→ 5月中旬~現在 in 札幌
という感じでした。花蓮の冬は天気も良くなかったこともあり、数年前に発症した過敏性腸症候群が悪化したりとか、凹みがちだったり、とか昨年からあんまりいいことがなく、悪循環のまま、過ごしていた感じでした。そしたら、あっという間に、6月。反省です。
同時に、何もなく、一人で過ごすことが多かったためか、色々と考えることができました。あと、びっくりするくらいやさしい人たちにいっぱい出会いました。とりあえずは、もうちょっとこまめに更新して、やりたいことを一つずつこなしていきたいと思います。
最近色々な言葉を見なおしています。まぁ、主に少佐や荒巻部長の言葉だったりするのですが(笑)。昨日、石井ゆかりさんの「星栞」を買いました。私は昔から、人並みに星占いなどは好きで、朝のテレビなどで見たりしてました。ただ、彼女の言葉を見るようになってからは、それがまるで、とても神聖なものであるかのような印象を受けるようになりました。何よりも、感覚的にその美しさを受け入れることができるのです。落ち込んでいる時や疲れたときに彼女の星占いを読むと、スッと何かが抜けて、新しい何かが自分の中に入ってくるような気になります。
実は、同じような実経験を先日しました。別の講演が目的で参加したセミナーで偶然最初に発表していた方の研究がとても興味深く、講演後にお話しする機会を得ることができました(もちろん飲みの席で)。友人からすごい人だ、という噂は聞いていたのですが、話してみて、驚くばかり。研究に対する姿勢、生命に対する考え方、理解の方向性、バイタリティ、人とのコミュニケーションに至るまで、ただただ驚かされました。こんな人がいるなんて、という気持ちでいっぱいでした。同時に、今まで自分の中でずっとつっかえていた何かが、消えてなくなったような気もしました。一期一会と、よくいいますが、このような人と自分の人生の中で出会えたのは幸運だったと思える、瞬間でした。不思議なことにこの二日間、ここ数年悩まされていた腹痛もなくなりました(これはもう少し様子を見てみないとわかりませんが、笑)。なぜか、再来週に飲みに行く約束もしたので、また色々と話を聞かせてもらおうと企んでます。
自分自身も、少なくとも、この人と出会えて悪くなかったと、できれば、会えてよかったと思われる人間になりたい、と思いました。
2011年10月初旬~12月中旬 in 台湾・花蓮
→ 12月中旬1週間一時帰国(札幌のアパートを引き払う)
→ 12月下旬~3月中旬 in 台湾・花蓮
→ 大津・生態学会 → 雲南・ATBC meeting → 石川(帰省)
→ 4月中旬~5月初旬 in 札幌
→ 5月初旬~中旬 in 台湾・花蓮
→ 5月中旬~現在 in 札幌
という感じでした。花蓮の冬は天気も良くなかったこともあり、数年前に発症した過敏性腸症候群が悪化したりとか、凹みがちだったり、とか昨年からあんまりいいことがなく、悪循環のまま、過ごしていた感じでした。そしたら、あっという間に、6月。反省です。
同時に、何もなく、一人で過ごすことが多かったためか、色々と考えることができました。あと、びっくりするくらいやさしい人たちにいっぱい出会いました。とりあえずは、もうちょっとこまめに更新して、やりたいことを一つずつこなしていきたいと思います。
最近色々な言葉を見なおしています。まぁ、主に少佐や荒巻部長の言葉だったりするのですが(笑)。昨日、石井ゆかりさんの「星栞」を買いました。私は昔から、人並みに星占いなどは好きで、朝のテレビなどで見たりしてました。ただ、彼女の言葉を見るようになってからは、それがまるで、とても神聖なものであるかのような印象を受けるようになりました。何よりも、感覚的にその美しさを受け入れることができるのです。落ち込んでいる時や疲れたときに彼女の星占いを読むと、スッと何かが抜けて、新しい何かが自分の中に入ってくるような気になります。
実は、同じような実経験を先日しました。別の講演が目的で参加したセミナーで偶然最初に発表していた方の研究がとても興味深く、講演後にお話しする機会を得ることができました(もちろん飲みの席で)。友人からすごい人だ、という噂は聞いていたのですが、話してみて、驚くばかり。研究に対する姿勢、生命に対する考え方、理解の方向性、バイタリティ、人とのコミュニケーションに至るまで、ただただ驚かされました。こんな人がいるなんて、という気持ちでいっぱいでした。同時に、今まで自分の中でずっとつっかえていた何かが、消えてなくなったような気もしました。一期一会と、よくいいますが、このような人と自分の人生の中で出会えたのは幸運だったと思える、瞬間でした。不思議なことにこの二日間、ここ数年悩まされていた腹痛もなくなりました(これはもう少し様子を見てみないとわかりませんが、笑)。なぜか、再来週に飲みに行く約束もしたので、また色々と話を聞かせてもらおうと企んでます。
自分自身も、少なくとも、この人と出会えて悪くなかったと、できれば、会えてよかったと思われる人間になりたい、と思いました。
2012年2月9日木曜日
台湾生活残り1カ月
えっと、よく見ると昨年10月初めに台湾に来てから、ずっとアップされてませんでした。さぞかし有意義な台湾生活をしているだろうかと思いきや、全体的に凹んでいたので、ブログなどを書く気になれず、ツイッターで愚痴ってばっかりいました。結局、台湾滞在中にしたかったフィールドワークは例年にない悪天候のために中止、使ってほしいと言われているデータを解析し始めれば、まだデータが中途半端なことが判明、中国正月に入れば、停電はするわ、ガスは漏れるわ、水道は止まるわのオンパレードで、知り合いは誰も花蓮にいないし、という悲惨な状態でした。なんかよくないものを連れているのではないか、と思えるくらいの運の悪さ。でも、何とか生きてるし、という毎日です。
花蓮はとても良いところです。私が台湾人ならばここに暮らしたい、または週末や休暇に来たいところNo.1でしょう。でも、移動手段を何も持たない外人にはかなりつらいっす。マレーシアでもオランダでも経験したことのない辛さ。まぁ、研究室に学生がいない、という現実もあいまってるのかもしれませんが。ということで、今のところ、3月14日に帰国して、その後、ここに戻ってくるかは決めてないです。でも、12月に札幌の家も引き払ったので、できればどこかに行きたいのですが。
今週末にはカナダからまたAが戻ってくるので、一応話をする相手ができてうれしいです。3月にはボスと熱帯仲間が二人遊びにくるので、それまでに、何とか台湾でしている解析をまとめて論文の第一稿までは持っていきたいです。せめて月1回くらいは更新したいな、このブログ。
花蓮はとても良いところです。私が台湾人ならばここに暮らしたい、または週末や休暇に来たいところNo.1でしょう。でも、移動手段を何も持たない外人にはかなりつらいっす。マレーシアでもオランダでも経験したことのない辛さ。まぁ、研究室に学生がいない、という現実もあいまってるのかもしれませんが。ということで、今のところ、3月14日に帰国して、その後、ここに戻ってくるかは決めてないです。でも、12月に札幌の家も引き払ったので、できればどこかに行きたいのですが。
今週末にはカナダからまたAが戻ってくるので、一応話をする相手ができてうれしいです。3月にはボスと熱帯仲間が二人遊びにくるので、それまでに、何とか台湾でしている解析をまとめて論文の第一稿までは持っていきたいです。せめて月1回くらいは更新したいな、このブログ。
2011年10月16日日曜日
台湾生活開始
えっと、台湾に来ました!先週の木曜日に来たので、1週間ちょっと経ちました。初日は、飛行機が遅れたため、19時半台北発の電車に乗れず、その後、予約でいっぱいだったため、22時10分のに乗ることにし、台北駅でYと夕飯をすることに。駅横のビルの上に行くと、日本食関係のレストランばっかり。中華がよかったのと、小籠包が食べたかったので、飲茶の店に入ったけれど、注文してから、小籠包が売り切れだと言われた。食事中に続き、プラットホームでまでYと白熱したdiscussionをしていたら、間違えて一本早く来た全然違う電車に乗ってしまいました。もちろん乗ってからもdiscussionは終わらず、気がつけば、電車が動いていない、どうして、と思い外に出るとそこは終点の七緒駅。そこで、電車が違うと気づき、隣のプラットホームにダッシュ。着いたと思えば、目の前を乗るはずの電車が七緒駅を飛ばして駆けて行きました(笑)。次の花蓮行きの電車は一時間後。ということで、引き続き熱いdiscussionをしました。そうこうしていると、電車が来て、いっぱいのため、席には座れず、大きなスーツケースとともに、その辺に座る。さすがに、夜中の一時を過ぎると我々でも疲れてきてしまい、discussionも少なくなり(隣のおばちゃんはうちらがしゃべるとうるさそうにするし、まぁ、実際うるさかっただろうけど)、花蓮についたら、夜中の2時半すぎでした。その後、家まで送ってもらい、次の日11時に迎えに来てもらう約束をして、一日目が終わりました。
とまぁ、最初はとてつもない始まりでしたが、三連休も、IとYと一緒にゆったりと過ごし、天気が雨であることを除けば、平穏な始まりでした。不便なことは結構多いけど、色々と変えていこうと思います。ちなみに、台湾に来て、ちょうど1週間たった、今週の木曜日、友人たちに(台湾人2人+カナダ人1人)ついてきてもらい、GIANTで自転車を買いました!ずっと欲しかったクロスバイクです!ほんとは渋めのスコットのがよかったけど、サイズが合わず、これは最後まで決めかねたんだけど、買うって決めてからはどんどんかっこよく(きれい)に見えてきた(親ばかみたいなもんかな?)。日本で一番安いランクのクロスバイクを買うくらいの値段でこのレベルのものを買えたので、大満足です。早く、雨がやんでほしい。そしたら、自転車で遠出したいです。あと、今回は同居人AとMについては触れませんでしたが、また機会をみて、書きたいと思います。

とまぁ、最初はとてつもない始まりでしたが、三連休も、IとYと一緒にゆったりと過ごし、天気が雨であることを除けば、平穏な始まりでした。不便なことは結構多いけど、色々と変えていこうと思います。ちなみに、台湾に来て、ちょうど1週間たった、今週の木曜日、友人たちに(台湾人2人+カナダ人1人)ついてきてもらい、GIANTで自転車を買いました!ずっと欲しかったクロスバイクです!ほんとは渋めのスコットのがよかったけど、サイズが合わず、これは最後まで決めかねたんだけど、買うって決めてからはどんどんかっこよく(きれい)に見えてきた(親ばかみたいなもんかな?)。日本で一番安いランクのクロスバイクを買うくらいの値段でこのレベルのものを買えたので、大満足です。早く、雨がやんでほしい。そしたら、自転車で遠出したいです。あと、今回は同居人AとMについては触れませんでしたが、また機会をみて、書きたいと思います。

2011年9月28日水曜日
学位授与
遅くなりましたが、月曜日に学位授与式があり、学位をいただきました。D論公聴会が終わっても、学位を取れたという感覚はあまりなく、何かを成し遂げた感じも薄かったのですが、授与式に出て学位記を受けっとったときに感じた気持ちは言葉では表せないものでした。これまでお世話になった皆さん、本当にありがとうございました。本当にただただ多くの人たちとの出会いがあったから、これまで研究を続けてこれたのだと思っています。あの時あの飲み会でUさんと会わなければ、あの時にマレーシアに行く話が出なければ、あの時調査地でYと出会わなければ、など挙げればきりがない。私を支えてきてくれたすべての人に心から感謝したいです。そして、もし、今後研究を楽しそうに続けている私を見かけたら、それは、それまでも、その時も私を支えてくれるすばらしい人がそばにいてくれているということなのだと思ってください。
夜はボスと二人で飲みに行きました。この5年半でボスとの関係が一番変化しました。怖い人だったり、すごい人だったり、倒さなければならない人だったり(笑)。主に研究の話しかしないのですが(ボスとは永遠とくだらない研究の話をしていられるので、とても楽しい)、中盤、私のこれからについて、ふとボスが言ってくれた一言が胸に響きました。こんなに嬉しい言葉をもらったのは初めてでした。情緒不安定で、すぐに自信を失いがちな私ですが、そんな時はこの言葉を思い出したいと思いました。5年半大変お世話になりました(まだ無給研究員でしばらく居座ってしまいますが......)。
1週間後の明日には台湾です。実は空港ではなく台北駅で待ち合わせなので、上手く落ち合えるか心配しています。携帯もないので。私はあまりそうは見られないようですが、新しい人に会うとか新しい場所に行くのがとても億劫で、結構尻込みしてしまいます。一旦動いてしまえば、後はのりで何とかなるのですが、なんせ動きたくないという気持ちがとても強い。でも、よしっ、と思って飛び出してしまえば、それから得られるものはこれまで経験してこなかった何かとてもすばらしいものであることが多いということ知っているので、できるだけ、自分を奮い立たせるようにしている。動けるうちに、その機会があるうちに、動かないでどうするんだ、と自分に言い聞かせて今回の台湾行きも決めました。ちょうど、昨日、注文していた本が届いて、今少し読み始めたところですが(そんなことより台湾行く前に色々とやらねばならないことはあるのですが)、そのタイトルにもなっている、「えいやっ!と飛び出すあの瞬間を愛してる」という著者の気持ちはとても理解できる。彼女の日々感じている色んな思いがひしひしを感じられ、自分も頑張ろうと思えるとても気持ちのいい文章でした。今は時間がなくて少しずつ読んでるので早く続きが読みたい。台湾に行ったら、もう少し、ブログを更新できるはず。
夜はボスと二人で飲みに行きました。この5年半でボスとの関係が一番変化しました。怖い人だったり、すごい人だったり、倒さなければならない人だったり(笑)。主に研究の話しかしないのですが(ボスとは永遠とくだらない研究の話をしていられるので、とても楽しい)、中盤、私のこれからについて、ふとボスが言ってくれた一言が胸に響きました。こんなに嬉しい言葉をもらったのは初めてでした。情緒不安定で、すぐに自信を失いがちな私ですが、そんな時はこの言葉を思い出したいと思いました。5年半大変お世話になりました(まだ無給研究員でしばらく居座ってしまいますが......)。
1週間後の明日には台湾です。実は空港ではなく台北駅で待ち合わせなので、上手く落ち合えるか心配しています。携帯もないので。私はあまりそうは見られないようですが、新しい人に会うとか新しい場所に行くのがとても億劫で、結構尻込みしてしまいます。一旦動いてしまえば、後はのりで何とかなるのですが、なんせ動きたくないという気持ちがとても強い。でも、よしっ、と思って飛び出してしまえば、それから得られるものはこれまで経験してこなかった何かとてもすばらしいものであることが多いということ知っているので、できるだけ、自分を奮い立たせるようにしている。動けるうちに、その機会があるうちに、動かないでどうするんだ、と自分に言い聞かせて今回の台湾行きも決めました。ちょうど、昨日、注文していた本が届いて、今少し読み始めたところですが(そんなことより台湾行く前に色々とやらねばならないことはあるのですが)、そのタイトルにもなっている、「えいやっ!と飛び出すあの瞬間を愛してる」という著者の気持ちはとても理解できる。彼女の日々感じている色んな思いがひしひしを感じられ、自分も頑張ろうと思えるとても気持ちのいい文章でした。今は時間がなくて少しずつ読んでるので早く続きが読みたい。台湾に行ったら、もう少し、ブログを更新できるはず。
2011年8月10日水曜日
残暑
気がつけば、4ヶ月近く更新していませんでした。今年は札幌も暑く、すでに秋が近い感じのする暑さになってきました。
7月22日に無事博士論文公聴会を終えました。今D論は製本中で、このまま何事もなければ、9月学位取得になります。これまで多くの方々にご迷惑をおかけしました。この場をかりて、謝罪と感謝の意を表したいと思います。ありがとうございました。
D論自体は特にそれほど大変だったということはなく(すっげーめんどくさかったけど)、投稿論文を通すのがとてつもなく難しいということを学びました。1本目は長い攻防の末、無事Functional Ecologyに受理され、ただいまオンラインになっています。2本目はD論公聴会の直前にminar revisionで戻ってきて、現在、直し中です。これもこのままうまく行ってくれれば、と願っています。3本目は現在共著者の手の中で夏休み中。8月末に投稿したかったのですが、夏休みを考慮していなかった私の不手際により9月になりそうです。これが手元から離れるとD論の3章すべてが手から離れるので、一安心です。もちろん、まだまだ不良債権は残っています(笑)
10月からの行き先は色々迷った挙句、新天地に飛び込むことにしました。所属は今のまま無給研究員という肩書きで現在の大学に席を置き、半年くらい台湾の花蓮へ行くことにしました。その後、うまく居場所を見つけて、そのまま居座りたいなぁ、とか企んでます(世の中そんなに甘くないので、ただの願望です)。とりあえず、台湾の亜熱帯の森を見てから、何をするかを決めたいと思います(←てきとー)。向こうの準備が整い次第、出発する予定です。もし、台湾に来られる予定がありましたら、是非ともご連絡ください。ちなみに、台北のような都会にはいませんので、ご了承ください。
7月22日に無事博士論文公聴会を終えました。今D論は製本中で、このまま何事もなければ、9月学位取得になります。これまで多くの方々にご迷惑をおかけしました。この場をかりて、謝罪と感謝の意を表したいと思います。ありがとうございました。
D論自体は特にそれほど大変だったということはなく(すっげーめんどくさかったけど)、投稿論文を通すのがとてつもなく難しいということを学びました。1本目は長い攻防の末、無事Functional Ecologyに受理され、ただいまオンラインになっています。2本目はD論公聴会の直前にminar revisionで戻ってきて、現在、直し中です。これもこのままうまく行ってくれれば、と願っています。3本目は現在共著者の手の中で夏休み中。8月末に投稿したかったのですが、夏休みを考慮していなかった私の不手際により9月になりそうです。これが手元から離れるとD論の3章すべてが手から離れるので、一安心です。もちろん、まだまだ不良債権は残っています(笑)
10月からの行き先は色々迷った挙句、新天地に飛び込むことにしました。所属は今のまま無給研究員という肩書きで現在の大学に席を置き、半年くらい台湾の花蓮へ行くことにしました。その後、うまく居場所を見つけて、そのまま居座りたいなぁ、とか企んでます(世の中そんなに甘くないので、ただの願望です)。とりあえず、台湾の亜熱帯の森を見てから、何をするかを決めたいと思います(←てきとー)。向こうの準備が整い次第、出発する予定です。もし、台湾に来られる予定がありましたら、是非ともご連絡ください。ちなみに、台北のような都会にはいませんので、ご了承ください。
2011年4月18日月曜日
春
4月になって、色んな人が札幌を去り、新しい学生が入ってきました。私は相変わらずここを去ることができなくて残念です。論文2本はいまだin reviewのまま。海外学振は申請を諦めることにしました。国内学振はどこに出すか迷っていたのですが、先週まで関西の方にお邪魔していて、そちらに出したいと思い、IDとパスワードをいただいてきました。本提出までに論文が上手くいくことを願ってます。
論文と言えば、共著の方が先に論文になってしまいました。Pan-tropic D-H allometryの論文です。外人さんはメタ解析が好きだなぁ、と思いました。"Height-diameter allometry of tropical forest trees, Biogeoscience (in press)"。共著者は多すぎて何人だかわかりません。でも、とても有用なデータベースであることは間違いないと思います。このように、個々の人たちのデータが集まることで、新しいことがわかるというのも生態学のとても素敵な一面だと思います。もちろん自分の論文がでてから、というのが当たり前なのですが(そういう予定だったはずが、、、、)、これは私の実力の無さだと実感しました。
関西で過ごした先週1週間ちょっとは春らしい感じで、札幌に戻ってきてまだまだ冬であることを実感しました。関西の春を感じて、早く、春になるといいな。。。。
論文と言えば、共著の方が先に論文になってしまいました。Pan-tropic D-H allometryの論文です。外人さんはメタ解析が好きだなぁ、と思いました。"Height-diameter allometry of tropical forest trees, Biogeoscience (in press)"。共著者は多すぎて何人だかわかりません。でも、とても有用なデータベースであることは間違いないと思います。このように、個々の人たちのデータが集まることで、新しいことがわかるというのも生態学のとても素敵な一面だと思います。もちろん自分の論文がでてから、というのが当たり前なのですが(そういう予定だったはずが、、、、)、これは私の実力の無さだと実感しました。
関西で過ごした先週1週間ちょっとは春らしい感じで、札幌に戻ってきてまだまだ冬であることを実感しました。関西の春を感じて、早く、春になるといいな。。。。
2011年3月17日木曜日
ひと段落
久しぶりの更新です。まず初めに東日本大震災で被害にあわれた方にお悔やみ申し上げます。私の知り合いはみな札幌に来ていたため、無事難を逃れたようです。これから復興にどのくらい時間と労力がかかるのか測り知れませんが、陰ながら応援したいと思っています。
ESJ58生態学会札幌大会も無事終わり、講演者や企画者の一部と他の関連研究者の方々と一緒に屋久島に行ってきました。今回は北海道地区会から助成が出たため、オランダから二人研究者を招へいして、シンポを行いました。自由集会や企画集会すら企画したことのない私にとって、今回のシンポの企画中に色々なことを学ぶことができました。また、結構ambitiousな企画だったのですが、他の優秀な企画者に助けられ無事に終えることができました。シンポまでに講演者と企画者で行ったdiscussionから得られた知識は測り知れません。
屋久島は福岡大会のエクスカーションでシンポのお客さんをお連れした時以来ですごく久しぶりでした。K大学のA場さんに色々なプロットに連れて行ってもらい、今までと違った屋久島を堪能することができました。色々やりたいことが沸々と湧いて来たので、今やっていることをさっさとけりをつけて、色々と新しいことに取り組みたいと思います。
肝心の論文はいまだにin review…..9月には学位が欲しいのですが、どうなることか。。。今回の学会中に(前後も併せて)色々と新しいお仕事に関われそうなお話を聞きました。もちろん学位をさっさと取らなければならないのが大前提ですが。。。。アジアにいるか、ヨーロッパに行くかは迷い中ですが、機会があれば、自分のやりたいことをできる場所に早く行きたいと思っています。
2011年1月15日土曜日
2011
新年もあっという間に2週間が過ぎてしまいました。いまさらですが、明けましておめでとうございます。新年の計は元旦(正月)にあるというのが本当ならば、今年は忙しそうです。何より、できるだけ早く学位をとること、そして次のポジションを見つけることが一番の目標となるでしょう。
物理的な目標は学位と次のポジションですが、精神的な目標は、「自分を見失わないこと」「常に笑顔で、人と接すること」「責めないこと」です。3つ目の責めないこと、というのは、どんなに相手が悪いと思っても、責めずに、どうすれば、それを回避できたかを考えて、次は最善の方法で取り組むことです。頭ごなしに正面から悪いことを言われても素直には受け入れられないし(私のような天邪鬼は特に)、どうすればよくなるかを話し合わなければ生産的ではないので。これは、去年学んだことの一つです。二日前にオランダ組と会った時にも同じような話がでてました。やはり、オランダと日本の両方を経験した人は同じようなことを学んだようです。
残された今月の目標はChapter1のrevisionを出すことと、Chapter2の再投稿、最近止まっていたChapter3の解析方法をfixさせること、形質の測定方法を統一化するためのwikiの担当分を書き上げることの4つ。一つずつ終わらせて、学位へと近づけたいです。
物理的な目標は学位と次のポジションですが、精神的な目標は、「自分を見失わないこと」「常に笑顔で、人と接すること」「責めないこと」です。3つ目の責めないこと、というのは、どんなに相手が悪いと思っても、責めずに、どうすれば、それを回避できたかを考えて、次は最善の方法で取り組むことです。頭ごなしに正面から悪いことを言われても素直には受け入れられないし(私のような天邪鬼は特に)、どうすればよくなるかを話し合わなければ生産的ではないので。これは、去年学んだことの一つです。二日前にオランダ組と会った時にも同じような話がでてました。やはり、オランダと日本の両方を経験した人は同じようなことを学んだようです。
残された今月の目標はChapter1のrevisionを出すことと、Chapter2の再投稿、最近止まっていたChapter3の解析方法をfixさせること、形質の測定方法を統一化するためのwikiの担当分を書き上げることの4つ。一つずつ終わらせて、学位へと近づけたいです。
2010年12月31日金曜日
2010
ずっと更新できないまま、大晦日を迎えてしまいました。3月に学位取得することはかないませんでしたが、私生活も含め、今年は止まっていた多くのことが動いた年だと思います。主にやったことを書き出して振り返りたいと思います。
・オランダ渡航と共同研究(2月~5月、8月~10月)
・北海道若手生態学研究会企画(2月)
・離婚(6月)
・初投稿(6月)
・ATBC meeting 発表(インドネシア・バリ)
・投稿とリジェクト計4回(一応全部reviwerに回った)
・BES meeting 発表(イギリス・リーズ)
・査読(Journal of Ecology 9月, Forest Ecology and Management 12月)
こうやって書いてみると、結構がんばれたかもしれない、と思う。来年の目標はもちろん学位取得とPDです。
そういえば、友人たちから続々と学振のよいお知らせを受けました。皆さん良いお年を。
・オランダ渡航と共同研究(2月~5月、8月~10月)
・北海道若手生態学研究会企画(2月)
・離婚(6月)
・初投稿(6月)
・ATBC meeting 発表(インドネシア・バリ)
・投稿とリジェクト計4回(一応全部reviwerに回った)
・BES meeting 発表(イギリス・リーズ)
・査読(Journal of Ecology 9月, Forest Ecology and Management 12月)
こうやって書いてみると、結構がんばれたかもしれない、と思う。来年の目標はもちろん学位取得とPDです。
そういえば、友人たちから続々と学振のよいお知らせを受けました。皆さん良いお年を。
2010年11月2日火曜日
11月
気がついたら、帰国後2週間経ってました。10月中に終わらせたかったトドは終わらせませんでした。今週中にはと、思いながらも、この先どうなるのかが何となく不安なようで、睡眠不足と過食に悩まされている今日この頃です。
学振の結果が出た模様で、私は自分が結果を受け取れないことを(もちろん書類を提出していないので)、改めて実感していました。PDが凍結してしまったようですが、友人二人は保留90人には入れたようです。他にも海外学振に受かった等の喜ばしい知らせが届いています。来年は自分もそっちに入りたいです。
今日は研究室のゼミでした。人の研究にはいくらでもコメントできてしまう無責任な自分を発見しました。ゼミが終わって、席に戻って、論文を開くと、なんとも面白くない書き方だなぁ、とか、またrejectされそうだとか、negative思考が頭の中をぐるぐるとまわっています。早くこの負のサイクルを抜け出したいと思いつつ、じりじりと進めるしかないと思っています。
もうちょっとしたら、元気な話がかけるかもしれません。
学振の結果が出た模様で、私は自分が結果を受け取れないことを(もちろん書類を提出していないので)、改めて実感していました。PDが凍結してしまったようですが、友人二人は保留90人には入れたようです。他にも海外学振に受かった等の喜ばしい知らせが届いています。来年は自分もそっちに入りたいです。
今日は研究室のゼミでした。人の研究にはいくらでもコメントできてしまう無責任な自分を発見しました。ゼミが終わって、席に戻って、論文を開くと、なんとも面白くない書き方だなぁ、とか、またrejectされそうだとか、negative思考が頭の中をぐるぐるとまわっています。早くこの負のサイクルを抜け出したいと思いつつ、じりじりと進めるしかないと思っています。
もうちょっとしたら、元気な話がかけるかもしれません。
2010年10月26日火曜日
帰国。。。
先週帰国しました。あっと言う間の2カ月半でした。すべてが怒涛のように過ぎて行きました。オランダでやったことをまとめると、最初の論文の再投稿、二本目の投稿、BESで発表、3本目のintroとresults。日本にいたらできなかっただろうな。。。
正直な話オランダがあまりにも心地よすぎて、帰国したくない、と嘆いていた(こっちに帰ってきたら、地獄のような日々が待っているのは分かってたし)。そしたら、overbookingで飛行機に乗れなかった。次の日にビジネスクラスで帰れたのでよかったのですが、言霊の存在を考えてしまった。
帰国後すぐにボスと今後の相談をした。だいぶ前向きな話だったが、その直後、嫌なことが重なり、不安な日々を過ごしている。いつも気楽なボスも心配中。悩みの種は再投稿論文。もう2カ月を超えるのに、返ってこない。この雑誌は1カ月半以内に返す、という、話なのだが、、、これの結果をみないことには、無理やり勢いで行くのかどうなのか、を決められない。(そうでなくても、やればいいのだけれども)
とりあえず、全然寝れなくなってしまった(今のところ5日目)。まぁ、やるしかないのだけど。
正直な話オランダがあまりにも心地よすぎて、帰国したくない、と嘆いていた(こっちに帰ってきたら、地獄のような日々が待っているのは分かってたし)。そしたら、overbookingで飛行機に乗れなかった。次の日にビジネスクラスで帰れたのでよかったのですが、言霊の存在を考えてしまった。
帰国後すぐにボスと今後の相談をした。だいぶ前向きな話だったが、その直後、嫌なことが重なり、不安な日々を過ごしている。いつも気楽なボスも心配中。悩みの種は再投稿論文。もう2カ月を超えるのに、返ってこない。この雑誌は1カ月半以内に返す、という、話なのだが、、、これの結果をみないことには、無理やり勢いで行くのかどうなのか、を決められない。(そうでなくても、やればいいのだけれども)
とりあえず、全然寝れなくなってしまった(今のところ5日目)。まぁ、やるしかないのだけど。
2010年9月6日月曜日
Passing about one month in the Netherlands
オランダに来てもうすぐ一カ月が経とうとしています。なんだか余裕がなくて、blogを全然書けずにいました。明日から4日間イギリスでBESに参加してきます。とりあえず、その前に、この一か月をまとめてみます。
まず、出国直前にrejectされた論文は12日後の8月19日に無事に別のjournalに投稿しました。8月中に投稿したかったもう一つの論文は今は大ボスの手元に。。。早く返ってきてほしいです。BESから帰ってきたら投稿します(希望)。もう一つの目標の次の論文は現在解析中。解析が思うようにうまくいかず(ベイズが回ってくれない)、今もofficeのパソコンは頑張ってます。短いiterationならばエラーがでないのに、パラメータが収束するくらい回すとエラーを吐き出します。つまり、パラメータが収束できないのでしょう。今日は結構いい感じに変更できたので、明日の朝、結果が楽しみです。この結果を23日にグループでpresentationして、帰国までに論文を形にするのが目標です。これは自分の中では、一番面白いテーマなので、色々とチャレンジしたい。
今日はちょっとD論の構成を再考していました。今まで考えていたものよりも、もうちょっときれいな形にできそうな気がします。ただ野望を捨て切れず、どこまでのデータをD論に含められるかが問題となってきました。今のところ、形になっている2本分に現在解析中の1本、そして、できれば、もう1本加えたい(2本は無理だろうな)。時間が足りない、そして頭も足りない。。。。あぁ、どうしてこんなにも要領が悪いのか、と嘆きながら、やるしかない状態へと追い込まれています。
ただ、そんなに疲れきっているわけでも、ストレスフルでもないので、楽しみながら進めていきたいと思います。初めてオランダに来たのが今年の2月1日で、それからもう半年が過ぎました。この半年はあっという間でしたが、本当に研究が楽しい、と思えるものでした。オランダで出会ったすべての人に、そして日本で支えてくれるすべての人に感謝したいです(学位を取得してから言うべき言葉ですが、笑)。
まず、出国直前にrejectされた論文は12日後の8月19日に無事に別のjournalに投稿しました。8月中に投稿したかったもう一つの論文は今は大ボスの手元に。。。早く返ってきてほしいです。BESから帰ってきたら投稿します(希望)。もう一つの目標の次の論文は現在解析中。解析が思うようにうまくいかず(ベイズが回ってくれない)、今もofficeのパソコンは頑張ってます。短いiterationならばエラーがでないのに、パラメータが収束するくらい回すとエラーを吐き出します。つまり、パラメータが収束できないのでしょう。今日は結構いい感じに変更できたので、明日の朝、結果が楽しみです。この結果を23日にグループでpresentationして、帰国までに論文を形にするのが目標です。これは自分の中では、一番面白いテーマなので、色々とチャレンジしたい。
今日はちょっとD論の構成を再考していました。今まで考えていたものよりも、もうちょっときれいな形にできそうな気がします。ただ野望を捨て切れず、どこまでのデータをD論に含められるかが問題となってきました。今のところ、形になっている2本分に現在解析中の1本、そして、できれば、もう1本加えたい(2本は無理だろうな)。時間が足りない、そして頭も足りない。。。。あぁ、どうしてこんなにも要領が悪いのか、と嘆きながら、やるしかない状態へと追い込まれています。
ただ、そんなに疲れきっているわけでも、ストレスフルでもないので、楽しみながら進めていきたいと思います。初めてオランダに来たのが今年の2月1日で、それからもう半年が過ぎました。この半年はあっという間でしたが、本当に研究が楽しい、と思えるものでした。オランダで出会ったすべての人に、そして日本で支えてくれるすべての人に感謝したいです(学位を取得してから言うべき言葉ですが、笑)。
2010年8月9日月曜日
New life in the Netherlands starts again
昨夜オランダにつき、オランダ生活第2弾が始まりました。今日は日曜日なので、ゆっくりと過ごしました。飛行機から眠気がどんどんと襲ってきて、今日は昼までずっと寝てました。明日は大学に行きますが、まだカードも持ってないので、遅めに9時くらいに行く予定。
出発直前の夜中に初投稿論文がrejectされました。なんとなく上手くいくのではないかと高を括っていた自分が恥ずかしい。初投稿なので良く分からないのですが、referee 1からのコメントはA4で4枚分くらいあり、どこが分かりにくいのか、こうしたらどうか、ここはすごく面白いといった風にすごくpositiveな意見をいただきました。共著者にも転送したのですが、ボスからのコメントは"まあ、こんな出だしです。さまざまな方向から見直す・考え直す機会にしてください。細部の詰めがお粗末なままの投稿も印象を悪くするのだ、といういい勉強になったでしょ。校閲の方々にはずいぶんしっかり見ていただいたようだし、お礼の返事を出しておきましょう。"とのことでした。細部の詰めが甘いって分かってたんだったら教えてください(汗)、と思いつつも相変わらず、自分の仕事の杜撰さを思い知った次第です。コメントされたことを元にもう一度logicを考え直します。今月中には再投稿したいです。
もう一つの方のdraftは今共著者の方々の手元なので、そっちも今月中の投稿を目指して頑張ります。投稿することで、客観的なコメントがいただけるのは大変ありがたいことだと思いました。referees 1の人はイギリス英語だったので、イギリスの方かも知れませんが、本当に感謝したいです。自分もある程度書けるようになって、論文も出て、査読をするような立場になったら、この査読者のように査読できたら、と思います。
オランダは想像以上に寒いです。街ではみなさん半袖をきていますが、私には耐えられない。持ってきた服の寒くなったとき用のものをすでに着ないといけなさそうです。たぶん、10月には凍えているかもしれません。rejectをもらったけれども、結構positiveに次に行けそう。さぁ、明日からやるっきゃないですね。
出発直前の夜中に初投稿論文がrejectされました。なんとなく上手くいくのではないかと高を括っていた自分が恥ずかしい。初投稿なので良く分からないのですが、referee 1からのコメントはA4で4枚分くらいあり、どこが分かりにくいのか、こうしたらどうか、ここはすごく面白いといった風にすごくpositiveな意見をいただきました。共著者にも転送したのですが、ボスからのコメントは"まあ、こんな出だしです。さまざまな方向から見直す・考え直す機会にしてください。細部の詰めがお粗末なままの投稿も印象を悪くするのだ、といういい勉強になったでしょ。校閲の方々にはずいぶんしっかり見ていただいたようだし、お礼の返事を出しておきましょう。"とのことでした。細部の詰めが甘いって分かってたんだったら教えてください(汗)、と思いつつも相変わらず、自分の仕事の杜撰さを思い知った次第です。コメントされたことを元にもう一度logicを考え直します。今月中には再投稿したいです。
もう一つの方のdraftは今共著者の方々の手元なので、そっちも今月中の投稿を目指して頑張ります。投稿することで、客観的なコメントがいただけるのは大変ありがたいことだと思いました。referees 1の人はイギリス英語だったので、イギリスの方かも知れませんが、本当に感謝したいです。自分もある程度書けるようになって、論文も出て、査読をするような立場になったら、この査読者のように査読できたら、と思います。
オランダは想像以上に寒いです。街ではみなさん半袖をきていますが、私には耐えられない。持ってきた服の寒くなったとき用のものをすでに着ないといけなさそうです。たぶん、10月には凍えているかもしれません。rejectをもらったけれども、結構positiveに次に行けそう。さぁ、明日からやるっきゃないですね。
2010年7月30日金曜日
D論発表会 in July
一昨日あった季節外れのPhD defenceに顔を出しました。この日は残念ながら同じ時間に九大の数理生態のD1のT木くんのセミナーもかぶってたのですが、迷いながらもD論の方を聞きに行くことにしました。
内容は体サイズの類似した同属2種のコノハズクのニッチの違いについて。普通は同属の場合は体サイズに違いが出る事例が多いらしいのですが、沖縄では体サイズの類似した2種が同所的に生育しており、他の生態ニッチが異なることで共存できているという話。餌資源、営巣時期、営巣樹洞選択などのニッチの違いを各章に分けて話をしていましたが、ストーリ-全体からみると、基盤にあるのは餌資源に対する違いだけのように聞こえました。2種間にgeneralistとspecialistという違いがあるから、generalistは捕食の危険を避けるように営巣時期を早め、specialistは捕食圧を受けながらも餌資源である直翅目の生活史にあうように営巣時期を適応している。その結果、営巣時期が早いgeneralistはより大きな樹洞を選択することができる(体サイズもこちらの方が比較的大きいらしい)。一方、捕食圧の強いspecialistは残された比較的小さな樹洞の中でもより高い位置にあるものを選択する。ということだと勝手に理解しました。各ニッチ(?)を別々に説明していたのですが、餌資源のgeneralist, specialistという2軸を柱にまとめれるけど、そうすると結局1章分にしかならないから、3章に分けたのかもしれません。結局、より詳しい話は、2種がどのような地理的変異を示すのかということと進化的な背景を見てみないと説明できなさそう。
動物の研究は野外調査の難しさが問題だなぁ、と思いました。内容はすごく面白かったし、分かりやすかったです。厳しいことを言えば、背景で説明されていた世界各国で観察されている同属で体サイズが違うものやそうでないものの違いと今回の結果の考察が必要だったと思いました。ちょっと尻切れトンボ的な終わり方だったように思います。
あと半年で私もあの場所に立つのかぁ(立てるのか??)、と思いながら聞いていました。改めて感じたのがD論の話はやっぱり面白いということ。もっと色んな研究発表を聞きたいと思いました。
内容は体サイズの類似した同属2種のコノハズクのニッチの違いについて。普通は同属の場合は体サイズに違いが出る事例が多いらしいのですが、沖縄では体サイズの類似した2種が同所的に生育しており、他の生態ニッチが異なることで共存できているという話。餌資源、営巣時期、営巣樹洞選択などのニッチの違いを各章に分けて話をしていましたが、ストーリ-全体からみると、基盤にあるのは餌資源に対する違いだけのように聞こえました。2種間にgeneralistとspecialistという違いがあるから、generalistは捕食の危険を避けるように営巣時期を早め、specialistは捕食圧を受けながらも餌資源である直翅目の生活史にあうように営巣時期を適応している。その結果、営巣時期が早いgeneralistはより大きな樹洞を選択することができる(体サイズもこちらの方が比較的大きいらしい)。一方、捕食圧の強いspecialistは残された比較的小さな樹洞の中でもより高い位置にあるものを選択する。ということだと勝手に理解しました。各ニッチ(?)を別々に説明していたのですが、餌資源のgeneralist, specialistという2軸を柱にまとめれるけど、そうすると結局1章分にしかならないから、3章に分けたのかもしれません。結局、より詳しい話は、2種がどのような地理的変異を示すのかということと進化的な背景を見てみないと説明できなさそう。
動物の研究は野外調査の難しさが問題だなぁ、と思いました。内容はすごく面白かったし、分かりやすかったです。厳しいことを言えば、背景で説明されていた世界各国で観察されている同属で体サイズが違うものやそうでないものの違いと今回の結果の考察が必要だったと思いました。ちょっと尻切れトンボ的な終わり方だったように思います。
あと半年で私もあの場所に立つのかぁ(立てるのか??)、と思いながら聞いていました。改めて感じたのがD論の話はやっぱり面白いということ。もっと色んな研究発表を聞きたいと思いました。
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